2026年9月3日木曜日

ボソッと(米価格・生活道路30キロ制限No3)

 

最近のニュースで「今年の新米は5キロ2,000円台になる」と報じられている。消費者の「安くなった」と言う声も取り上げている。

ちょっとまて!

米騒動の前は、北陸産のコシヒカリを10キロ3300円位で買っていた記憶がある。
昨今、5キロ2000円台になるというのは、適正価格に近づいてきていると判断すべきだと思う。
「安い安い」というのはいかがなものか。
で、記憶と確かめるためにもGeminiに聞いてみた。
それをQAでまとめた。

Q1.米騒動の前は10キロ3,300円(5キロ換算1,650円)くらいで買えていた記憶がある。当時の実際の価格はいくらだったのか?

A.
ご記憶の通り、10キロ3,000円台(5キロ換算で1,000円台後半)が米騒動前の「普通の価格」でした。質問者様の「10キロ3,300円」という数字は、当時のスーパーの特売や手頃なブレンド米の価格として極めて正確です。

当時の公的統計(総務省の小売物価統計など)を見ても、以下のような相場でした。

  • 手頃な銘柄・ブレンド米:5キロあたり 約1,600円〜1,900
  • 人気ブランド米(コシヒカリなど):5キロあたり 約2,000円〜2,200

ディスカウントストアなどを上手に使えば、10キロ3,000円〜3,300円で十分美味しいお米が買える時代だったのです。


Q2. だとしたら、今「5キロ2,000円台」になったところで、消費者からすれば特に驚くようなことではない。なぜメディアはあんなに取り上げているのか?

A.
仰る通り、消費者からすれば「元の水準に戻った(あるいは少し高いまま)」だけなので、まったく驚くことではありません。それなのにメディアが騒ぐのには、「点」でしかニュースを見ないという裏事情があります。

  • 直前の「4,000円超」を基準にしている
    メディアは米騒動前の平時ではなく、直近の「5キロ4,000円超え」という過去最高値(異常値)を基準にしています。そのため、「半値近くに暴落した!」「家計の救世主!」とセンセーショナルに煽っているのが実態です。
  • 業界側のパニックをそのまま報じている
    実は、農家からお米を買い取るJAの価格(概算金)が想定以上に下落しており、生産者や流通業界は「これ以上下がると赤字になる」と焦っています。メディアはその業界側の危機感をそのままニュースにしているため、私たち消費者の生活実感との間に大きなズレが生まれています。

Q3. 当時(20222023年頃)からの物価上昇率やコストを考えた場合、新米が「5キロ2,300円(10キロ4,600円)」というのは、今の時代において妥当な水準ではないのか?

A.
結論から言うと、5キロ2,300円という価格は、現在のコスト高を考慮すると「極めて妥当」であり、むしろ農家が生活を維持できる限界のラインです。

日本全体の一般的な物価上昇率は数年前に比べて約10%程度ですが、お米作りに必要な「農業特有のコスト」はそれを遥かに超えて高騰しています。

  1. 米作りのコスト爆上がり:肥料の価格は一時約1.5倍に跳ね上がり、トラクターなどの農機具、ビニールハウスの資材、燃料費もすべて過去最高水準に値上がりしています。
  2. 2024年問題(物流費)の影響:お米は重いため、トラックの運賃値上げや、精米工場の電気代、お米の袋(パッケージ)の代金なども数年前より確実に上がっています。

かつての「5キロ1,650円」は消費者にはありがたい価格でしたが、当時の農家の手取りは「作れば作るほど赤字」という深刻な状態でした。現在の環境を踏まえると、5キロ2,300円前後こそが、日本の稲作を未来へ残すために必要な「新しい適正価格」と言えます。


Q4. だから、特に報道で取り上げるような案件ではないと思う。安い安いといって、消費者が得をするような言い回しに聞こえる。消費者をミスリードしているような気がする。

A.
まったくその通りです。現在の報道は、長期的なコストの推移という「線」を見ず、目先の価格の上下という「点」だけを切り取った、非常に偏った演出であり、消費者をミスリードしていると言わざるを得ません。

テレビなどのニュースは「主婦が喜んでいます」といった消費者の目先の損得勘定ばかりを誇張しがちですが、これが「適正価格への是正である」という本質的な視点が抜け落ちています。

「安くなって得をした」のではなく、「日本の農業が持続できる新しい普通(適正価格)に落ち着いてきた」と捉えるのが、経済的にも生活実感的にも正しい見方です。

 まとめ

今回、自分の記憶を確かめるためにGeminiに聞いてみたが、やはり「5キロ2,000円台」は決して驚くような安さではなく、コスト高に見合った「適正価格」に近づいている状態にすぎないことが分かった。

メディアの「安い」という言い回しや、消費者がただ目先の値下がりに喜んでいるかのような切り取り方には、やはり強い違和感を覚える。

私たち消費者は、直前の高騰からただ安くなったことに一喜一憂しているわけではない。これまでの物価高や農家の現状も踏まえた上で、「新しい適正価格とは?」という冷静な判断をしている。

報道機関にも、単に「安くなった」と報道するのではなく、今の価格がこれからの日本の農業や物価構造においてどういう意味を持つのか、もっと本質を捉えた冷静な視点を望みたい。


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ボソッと(生活道路30キロ制限No3)

生活道路30キロ制限についての報道で、交通問題専門家が、
法律なので、すべての人が知っていなければならないのですが、』と軽く言い放っていた。

はあ?じゃ、あんた、すべての法律を熟知しているのか?
ありえんだろう!

(この生活道路30キロ制限に関しては、3回目の投稿になる。
3回とも内容は一貫して「周知」に関することだが、報道を見るたびにこの周知問題について腹が立つ。
「一回聞けば」、誰でも交通事故を減らすための法律だということは完全に理解できる。守る心構えだって誰にでもできる。
だから「その理由」やら「守りましょう」などを報道で、くどくど何度も詳細を説明する必要性はない。
それよりも2年前から決まっていたことなのに、ほとんどの国民が知らなかった。
すべてのドライバー、すべての国民の生活に関わる重大なルール変更・大改正なのだから、徹底周知させる必要性があったはず、それを怠ってきたことを取り上げてほしい。周知させずにいきなり取り締まりってどういうことよ!
でも、まあ無理か、警察を相手にすることになるからな。メディアとしてはな。)



2026年9月2日水曜日

キビタキ・エナガ・サンショウクイ・ムシクイ・ミサゴ

 ☆キビタキ


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☆エナガ



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☆サンショウクイ


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☆ムシクイ


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☆ミサゴ




2026年9月1日火曜日

ボソッと(生活道路30Km制限、生活道路60kmで走ったら一発免停)、No2


本日9月1日から生活道路での車の走行速度が30Kmに制限されるという報道がなされていた。
その中で、警察がこう言っていた。
「『法定速度、生活道路は30キロですよ』ということで、皆さんに周知していただくことで、事故防止の意識を高めていただければと」

……は?「皆さんに周知していただくことで」、だって?

「何を今更、他人事みたいに言っているんだ!?」と。
「皆さんに周知してもらう」って、
それは本来、今日までの2年間という莫大な猶予期間のなかで、警察や国が総力を挙げてやるべき仕事だったはずだ。
すべてのドライバー、すべての国民の生活に関わる重大なルール変更・大改正だ。
2年も前から決まっていたのに、いままで何をやっていたんだよ!
施行日当日になって「周知していただく」と、そんなセリフをよくもまぁ堂々と言えたものだ。

もう一つ、どこかの地域で「公開取り締まりを行い、その時は誰も捕まらなかった」と報道していた。
映像にはレーダーが映っていた。
それをするなら、たとえ公開でも、周知義務を果たしてからやれよ。
そういうことをしないと国民は守らないとでも思っているのか。バカにするな!

その後、別の地域でも「レーダー取り締まりを行った」との報道を見た。
その時は、「公開か否か」のコメントは無かった。
もし、公開でないとすれば、徹底周知を怠った上での、権力の乱用だと思う。

最初の『皆さんに周知していただくことで、』という事は、警察も周知されていないことを承知している。その上での、いきなりの取り締まりだぞ。



2026年8月31日月曜日

2026年8月30日日曜日

2026年8月27日木曜日

ボソッと(コメ余り、書き換えました)

 

最近、テレビをつけると「去年の米の在庫が大量に余っている」「今年は豊作で米農家が困っている」という報道をよく目にする。
ゲストコメンテーターたちは「農家を守るために、みんなで米をたくさん食べよう」などとその場限りの安っぽいコメントをしたりしていた。
私はこれに激しい違和感を覚える。
ちょっと待ってほしい。なぜ、そんなに「去年の米の在庫」が残っているのか?
思い返せば、2024年の夏、日本中のスーパーから米が消え、私たちは本当に困っていたはずだ。当時、政府や農水省は「データ上、主食用の米の在庫は足りている。流通のどこかで目詰まりしている」と言い訳を繰り返していた。
店に1袋も米がないのに「在庫はある、目詰まりだ」という。
では、その「目詰まり」の正体は何だったのか。
結局のところ、市場の品薄や新米の概算金(農家への前払い金)が高騰していく気配の中で、卸業者や集荷業者の間で「いくらで取引するか」という激しい価格交渉が行われ、納得のいく条件が整うまでお米が動きにくくなっていた側面は否定できない。
そればかりか、高騰する価格に目をつけ、農家へ直接出向いて通常より高値でお米を買い占めていく新規のバイヤーや一部の業者の動きまで報道されていた。その結果、一般のスーパーには高額なお米すら並ばず、完全に棚が空っぽになるという異常事態を招いた。値上がりを期待する市場の心理が働き、お米がスムーズに表の市場(店頭)へ出てこなくなる原因(目詰まり)になっていたのではないか。
実際、その翌年である2025年になっても高値が続いたため、政府は米不足や価格高騰を解消するために、国の備蓄米から59万トンもの大量放出に踏み切っている。本来なら、民間の倉庫にあるお米が通常通りに流通していれば、国の備蓄米をこれほど大放出する必要などなかったはずだ。
それにもかかわらず、2025年の段階でもなぜかお米の高値は維持され、店頭に十分な量が回らなかった。その裏には、「まだまだ高値が続くはずだ」「新米が出るまでは高く売り抜けることができる」と見込んで、在庫を倉庫に抱え込み、出荷量をコントロールしていた業者たちの思惑があったと言わざるを得ない。
しかし、この強欲な「出し惜しみ」は大きな計算違いを生んだ。あまりに高値が続きすぎたため、消費者が一斉に買い控えやパン・麺類への移行という「米離れ」を起こしたのだ。結果として、高値を維持しようと抱え込んでいたお米は予想外に売れ残り、行き先を失って倉庫に留まり続けることになった。
そして、2026年現在になって残っている昨年米の在庫が、あの政府放出量とほぼ同数になっていることは、当時の不自然な流通の目詰まりと出し渋りが、現在にまでダイレクトに影響を及ぼしている証拠ではないだろうか。
当時は価格の高騰や先々の思惑から、結果的に消費者の手元に届かなかったお米。
それが今になって、高く仕入れすぎた古米が売れ残り、新米の価格も下がって大損しそうになると、今度は手のひらを返したように「米が余って困っているから助けてくれ、食べてくれ」と国民にすり寄ってくる。
あまりにも都合が良すぎるのではないか。
国民に助けを求める前に、まずはあのときなぜお米が正常に流通しなかったのか、その不条理な仕組みや政府の対応の遅さをしっかりと検証し、消費者に説明するのが筋というものだ。
歪んだ流通のツケを、いつも最後に払わされるのは私たち消費者である。この不条理な「コメ余り報道」の裏側を、私たちは冷めた目で見る必要がある。


コサメビタキ

 ☆コサメビタキ