2026年5月14日木曜日

ボソッと・ナフサ

 原油問題で、日本の産業界が苦労している。
一方、政府は充分な供給体制が整っていると言っている。
少し前のコメ問題。この時も政府は「充分に米はある、問題ない、すぐに元に戻る」と言っていたはず。
政府の言う事は、私的に信頼できない。正しいのは何か?

これについて、Geminiに問うてみた。そのまとめが以下。

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【時事解説】なぜ政府と現場はズレるのか?原油・ナフサ問題に見る「コメ問題」と同じ構造

いま、日本の産業界は原油や原材料の不足・高騰に頭を抱えています。一方で、政府は「十分な供給体制や備蓄があるから問題ない」と発表しています。

「少し前のコメ問題の時も、政府は『米はある、すぐに元に戻る』と言っていたはず。政府の言うことは信頼できない。一体どちらが正しいのか?」

この疑問の核心にあるのは、政府と民間における「マクロ(国家全体)の数字」と「ミクロ(現場・生活)の現実」の決定的なズレです。

1. 政府の言う「十分な体制」の裏側(マクロの視点)

政府の主張は、国家レベルのデータに基づいています。

・250日分の石油備蓄: 日本には約8ヶ月分の国家・民間備蓄があり、万が一の際もエネルギー供給の総量は確保されています。

・代替調達の目処: 中東(ホルムズ海峡)の緊迫化に対し、アメリカ産やアゼルバイジャン産などへの切り替えを進め、「数量ベースでの破綻」は防いでいます。

政府の最優先ミッションは「電力・ガス・物流などの社会インフラを完全にストップさせないこと」です。この大枠が維持できているため、政府は「コントロールできている」とアナウンスします。

2. 産業界・国民が「苦労している」実態(ミクロの視点)

一方で、企業や国民が直面しているのは、原油そのものではなく「ナフサ(粗製ガソリン)」の不足と価格暴騰です。

・ナフサには備蓄がない: プラスチック、ゴム、繊維、建材などの基礎原料となる「ナフサ」には国の備蓄制度がありません。中東依存度が約74%と高かったため、現場への供給が真っ先に目詰まりを起こしました。

・現物が手に入らない・高すぎる: 自動車部品、包装フィルム、接着剤などのメーカーで原材料が不足し、4月にはナフサ価格が前年同期比70%超も急騰。中小企業の経営や、あらゆる日用品の価格を直撃しています。

3. かつての「コメ問題」と全く同じ構造

この構図は、少し前に日本を騒がせた「コメ問題」と完全に一致します。

・コメ問題の時: 国全体には十分な「備蓄米(統計上の数字)」がありました。しかし、流通の目詰まりや一時的な需要集中により「スーパーの棚からコメが消える(現場の現実)」という事態が発生。政府が「米はあるから安心を」と言い続けたことで、かえって国民との温度差が開き、不信感を招きました。

・今回の原油問題: 政府は「原油(総量)はある」と言いますが、現場は「ナフサ(特定の原材料)がなくて仕事が止まる、高すぎて買えない」と悲鳴を上げています。

結論:どちらが「正しい」のか?

結論から言えば、「どちらも正しい」のです。

・政府の「国全体のエネルギー(総量)は足りている」も事実。

・産業界・国民の「特定の原材料が足りず、コスト高で生活や経営が苦しい」も事実。

政府が見ている「国民生活の維持」とは、電気・ガスが消えないという最低限のインフラ維持という非常に粗いマクロの視点です。しかし、私たちが生きているのは、物価高に悩み、原材料不足で仕事が回らなくなるという、個別具体的で切実なミクロの現実です。

政府の姿勢が「生活を見ていない」ように映るのは、この「見ている視野の高さ(解像度)のズレ」が原因です。マクロの数字だけで安心せず、末端の目詰まりや価格ショックに即座に対応する柔軟な救済策こそが、いま政府に求められています。

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【追記】なぜ原油があるのにナフサが足りないのか?「輸入依存」と「構造の罠」

「原油が十分にあるなら、そこからナフサを作ればいいのでは?」

誰もが抱くこの疑問の裏には、日本のエネルギー政策と化学産業が抱える「二重の構造的な罠」が隠されています。

① 日本のナフサは6割が「海外製」

実は、日本は国内で使うナフサの約6割を「海外で精製された完成品のナフサ」として直接輸入に頼ってきました。さらに、その輸入元の約74%が中東地域です。今回のホルムズ海峡の緊迫化によって、この「完成品ナフサを運ぶルート」が真っ先に途絶したため、国内にいくら原油があろうとも、ナフサの供給量だけが即座に激減してしまいました。

② 「ガソリン」とのトレードオフ(材料の奪い合い)

「では、国内の原油からナフサをたくさん作ればいい」と考えがちですが、それも物理的に不可能です。原油からナフサを精製するプロセスは、自動車の「ガソリン」を作るプロセスと全く同じ成分(沸点グループ)を奪い合います。国内では、国民の移動や物流を維持するためにガソリン製造が最優先されるため、国内産ナフサは必要量の4割にとどまる構造になっています。

③ 備蓄原油をナフサに変えられない「工場の限界」

政府が誇る「8ヶ月分の国家備蓄」は、あくまで加工前の「原油(ドロドロの液体)」です。仮にこの備蓄原油を大量に放出したとしても、国内の製油所の処理能力(プラントの規模)には上限があります。平時から「6割は海外から直接買う」という前提で産業が成り立っていたため、国内の工場をフル稼働させても、急にナフサの生産量を2倍、3倍に増やすことは設備構造上不可能なのです。

見えてきた「真の課題」

政府が言う「原油(総量)はある」は、あくまで「発電する、車を動かす」というエネルギー視点の話です。しかし、私たちの服、スマートフォンの部品、車のタイヤ、食品の包装フィルムなど、生活のあらゆる場所に姿を変えている「ナフサ(化学原料)」の視点で見ると、日本は完全に丸腰の状態でした。

マクロの数字(原油)だけで安心する政府と、サプライチェーンの急所(ナフサ)を突かれて悲鳴を上げる産業界。この構造を知ると、政府の「大丈夫」という言葉と、私たちの「生活の危機感」がなぜこれほどまでにズレてしまうのかが、はっきりと見えてきます。



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