2026年5月15日金曜日

ボソッと(昨日の追記の続き)

 【追記②】メディアが報じない「成果の演出」と、私たちが目を覚ますべき理由

ここまでの構造を知ると、政治のトップがアピールする「成果」の裏側と、それを検証しないメディア、そして一向に好転しない私たちの生活との間に、恐ろしいほどの乖離(かいり)があることが見えてきます。

① 「原油確保」という成果アピールの欺瞞(ぎまん)

政府(高市政権)は中東回避の代替調達や備蓄放出の見合わせに目処を付けたとして、その「成果」を大々的に強調しています。しかし、これは国民を欺いていると言わざるを得ません。

なぜなら、前述の通り、現場を最も苦しめている「ナフサ(化学原料)の不足と暴騰」に対しては、何の解決の目処も立っていないからです。「原油は確保した」という一部の都合の良い事実だけを切り取り、まるでエネルギー・原材料問題の全体が解決に向かっているかのように演出する姿勢は、極めて不誠実です。

② なぜマスコミは構造的な「供給問題」を批判しないのか?

一方で、マスコミは「ナフサ不足で企業がピンチ」「生活用品が値上げ」という表面的な被害(ミクロの現実)は報じるものの、「なぜ国はナフサの供給問題を解決できないのか」「政府の言う『確保』に穴はないのか」という本質的な追及をしません。

これは、政府の発表をそのまま流すだけの「忖度」や、複雑な化学産業のサプライチェーンを解説することを避ける「分かりやすさ至上主義」が原因です。結果として、メディアも政府の「成果の演出」を片棒を担ぐ形で放置してしまっています。

③ 発足から半年以上、生活は良くならない。私たちはいつまで「期待」し続けるのか?

高市政権が発足してからすでに半年以上が経過しました。しかし、私たちの暮らしは良くなるどころか、原材料高に伴う物価高と実質賃金の低下で、苦しくなる一方です

それにもかかわらず、内閣支持率がいまだに高く維持されているのは、なぜでしょうか。それは、政府がマクロな数字や演出された成果をアピールし続け、国民が「いつか良くしてくれるのではないか」という中身のない「期待値」だけを買い続けているからに他なりません。

現実の生活は全く好転していないのに、イメージや数字のトリックに騙され続けるのはもう終わりにすべきです。

「原油はあるから大丈夫」という大本営発表の裏で、生活の基盤がじわじわと崩されている現実。私たちはいい加減に目を覚まし、政府の言葉ではなく「自分たちの財布と生活の現実」を基準に、政治を厳しく監視していく必要があります。



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